黄昏
Dusk
注目ポイント
黄昏たそがれ
荒木十畝(あらき・じっぽ)|大正8年(1919)|絹本着色・一幅
空には月がのぼる黄昏どきで、月は上弦の月から満月にいたる途中の九日月といったところか。満月と比べれば弱い光のさすこの日。背の高い紫苑がまるで林のように群生する野原で、蒼い花が暗闇に妖しく鈍い輝きを見せる時、紫苑の根元に小さな猫が、まるでスポットライトをあびたかのように、白く浮かび上がっている。紫苑の空き地の隣には家屋があって、その軒先から明かりが漏れて、猫に光をあててでもいるのであろうか。そう思うと、かすかに宵の口の人々のくらしの音が聞こえてくるかのようだ。
江戸時代までの花鳥画は、まるで余白などものともしないかのように、花鳥そのものを描き続けた。何かを描き添えるとしても、例えば竹と虎、笹と雀など古来より好まれてきた定式化したものが選ばれた。花や鳥の背景や、生きる環境などが描写されることはほとんどなかった。むしろ“余白の美”が強調されていた。荒木十畝はこうした伝統的な絵画を守る側の画家と見做されていたが、実は本作をきっかけに、伝統を守りつつも新しい時代にふさわしい絵画へと少しずつ変わっていくべきことを志向した画家である。本作では動植物の生きている様子全体を描くことで、それらの生きる現実を捉えることに成功した。草むらにひっそりと息づく白い猫の現実を描くにあたって、さらに黄昏どきを選ぶことで劇的でロマンチックな瞬間を切り取ることができたのである。
大正8年(1919)第1回帝国美術院展覧会に際し、前年までの文展において審査員に任命されていた荒木十畝が、旧態依然の作風を嫌われて帝展の審査員から除外された。しかしその展覧会場で、本作が大変な好評を博したため、翌年の第2回展から十畝は審査員に迎えられたという。
黄昏どきの空に月がのぼっています。上弦の月から満月に向かう途中の九日月のように見え、満月よりも弱く、柔らかな光を放っている様子がわかります。
画面全体に背の高い紫苑の花が林のように群生する野原の姿が描かれ、その蒼い花はまるで暗闇の中に妖しく鈍い輝きを放っているようです。
紫苑の花が咲いている空き地の隣に家があり、その家の軒先から漏れる明かりが猫を照らしているように見えます。その光景を見ていると、まるで宵の口の人々の生活音が聞こえてくる気がします。この作品は、動植物のリアルな姿を描き、黄昏どきの劇的でロマンチックな瞬間を表現しています。
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